先日最終巻が出た、近藤聡乃先生「A子さんの恋人」。
アラサーの恋愛劇から、巻が進むにつれてクリエイターの業、自立と他者とのつながり、などさまざまなテーマを感じさせる展開になっていきました。
A子は英子に、A太郎は永太郎に戻り、A君の本当の名前が明かされるラスト。
日本とアメリカの間で優柔不断に逡巡していたA子が、自分で選んだ答えに向かってまっしぐらに走り出すシーンが泣きたくなるほど爽やかで、いつのまにか登場人物全員のことが大好きになっていたことに気づいた読後でした。
最終巻の7巻を読むと(冷凍した)ロールキャベツが無性に食べたくなるのですが、6巻で読者の心をざわつかせたのは、この料理ではないでしょうか。
謎の料理、マッツァボールスープ。
※【コマ引用】「A子さんの恋人」(近藤聡乃/KADOKAWA)6巻より
ニューヨークを発つ直前、A子の誕生日プレゼントとしてA君がふるまった料理で、丸くてフワフワした食感のものが浮かんだスープ。
はじめて食べるこの料理にA子は感激。プロポーズの返事を待ったままA子の帰国を見送るA君としては、「食べたくなったら帰って来なさい」というメッセージをひそかに忍ばせていたよう。
以前も食べ慣れないタイムをすりこんだ豚ロースの香草焼きのディナーで、A君の術中に落ちたA子。もしかして「食べたことのない味」にとことん弱い点を、A君はしっかり見抜いていたのかも…。
九井諒子先生のショート・ショート「引き出しにテラリウム」には、「丸」という抽象的な料理が登場しますが、あの料理が実在するとしたら、こんな感じなんじゃないだろうか。
いったいどんな味なんだろう、と好奇心をくすぐられますが、この料理、近藤先生の別の作品にも登場します。
ニューヨーク生活をつづったエッセイ漫画「ニューヨークで考え中」3巻。夜食に軽いものを、と入ったダイナーで、近藤先生の配偶者さんが勧めたのが「Matzo Ball Soup」。
※【コマ引用】「ニューヨークで考え中」(近藤聡乃/亜紀書房)3巻より
「スープの中に『大きな丸』が鎮座している」ビジュアルは、A子さんで描かれたものとまったく同じ。本当に実在するんだ!と思わず興奮。
この料理をひと口食べた近藤先生は
「こんなにインパクトがあって こんなにおいしい料理が なぜこんなに無名なのだ!?」
と、A子に負けずおとらず感激したようです。
「ニューヨークで考え中」は、ほかにもA子さん執筆の裏話も満載で、ダブルで読むと余計に楽しめるのですが、このエピソードを読んで以来、私のマッツァボールスープへのあこがれもマシマシに。
作中でも説明されていますが、マッツァボールスープの正体はユダヤ料理(イスラエル料理)。板状の無発酵パン「マッツァ(Matzo)」の粉を、ボール状にまるめてゆでてチキンスープに浮かべて食べる、というもの。
ユダヤ文化圏の料理って恥ずかしながら私はベーグルぐらいしか知らなかったけれど、ちょっと調べるとユダヤ教の戒律と密接に絡んでいるようで、奥深い食文化のようです。
久々に動画も作りました。
作り方:
マッツァボールスープを作るには、何はなくとも作中に登場するマッツァボールを作るミックス粉を入手したいところ。
※【コマ引用】「A子さんの恋人」(近藤聡乃/KADOKAWA)6巻より
果たして日本で手に入るのか…?とドキドキしながら調べたところ、楽天で通販できることが判明。すごいなネットショッピング!
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てっきり国内から配送されるのかと思ったら、なんとニューヨークからやってきました。
パッケージが違うのは、デザイン変更があったからかな?(ブランドは同じMANISCHEWITZのようです)
これがマッツァボールのミックス粉です。
全粒粉っぽいというか、オートミールを粉々にしたような感じというか。
正式にはマッツァーという板状パンを使うようですが、これは砕く手間を省いてパウダー状にしたもの、つまりホットケーキミックス的な存在なのかしら。
付属のレシピを参考に進めていきます。
ボウルに卵(2個)を割り入れて溶きほぐし、マッツァボーミックス(1袋)、オリーブオイル(大さじ2)を入れてよく混ぜる。
ねっちょりしたペースト状になります。ラップをして、冷蔵庫でねかしておきます。
この間にチキンスープを作ります。
チキンスープは「ニューヨークで考え中」2巻でも、アメリカで風邪のときの定番料理として紹介されていましたね。
今回は手羽元(を2等分したもの)と、チキンボーンを用意しました。骨付きの鶏肉ならなんでもよさげ。
鍋に骨付き鶏肉、ぶつ切りにしたセロリ、ニンジン、玉ねぎ、にんにくを入れ、かぶるくらいの水を加えて火にかけます。
沸騰したら弱火にし、アクをとりながら30分ほど煮込みます。
煮込んだらザルにあけ、スープをこします。
煮込んだ鶏肉は骨から外して細かくし、野菜もみじん切りします。
鍋にスープ、鶏肉と野菜を戻して再度火にかけ、塩コショウで味つけします。
ねかせておいたマッツァボーの生地を冷蔵庫から取り出し、
生地がくっつかないよう手に水をつけ、ピンポン玉大のサイズに手でまるめます。
大きな鍋にたっぷり湯を沸かして、まるめたマッツァボーを投入。
鍋にフタをして、20分煮込みます。
こちらが煮込んだあと。おおー、2倍くらいにふくらんでるー。
スープ皿にマッツァボールを盛りつけ、上からチキンスープを注ぎます。
(これは後から試したのだけど、器に注ぐ前に、茹でたマッツァボールをチキンスープで軽く煮込むとより美味しいです)
あれば刻んだパセリもしくはハーブ(ディルなど)を散らす。
あこがれのマッツァボールスープの完成です。
マンガは白黒なので、読んだときは真っ白な球体をイメージしていたけど、君、実は薄い茶色だったのね…!
※恐れ多いことに近藤先生からTwitterでコメントいただいたのですが、白いマッツァボールも多いようです。薄茶色になったのは今回使ったミックス粉の特徴かもしれません。
スプーンで割った感触からも、ふわっとした食感が伝わってきます。
食べた感想:
素朴な麦の風味に、ふわっふわの食感。これはあれだ…「穀物でできたフワフワのつみれ(もしくははんぺん)」という例えが一番しっくりくるかもしれない。やさしいチキンスープの味とあいまって、舌も胃もほっとするような美味しさ。
こんなやさしさにあふれた料理を帰国前にふるまわれたら、思い出さずにはいられない。胃袋の掴み方を知っているA君、さすがだな~と再認識。
せっかくなので、数年前に再現した「ニューヨークで考え中」に登場する料理からもう一品ご紹介。
2巻の「嫌いな野菜」のエピソードに登場した、芽キャベツ炒め。
近藤先生がニューヨークのレストランで食べて、その美味しさに感動した一品。
「炒めた芽キャベツをお酢とオイルで和えて、塩で整え、ナッツとトウモロコシを散らしてある。」というもの。
これも海外のレシピを参考に作ったのですが、お酢はバルサミコ酢、オイルはオリーブオイルで再現しました(レシピ控えてなかったのでうろ覚えですみません…)。
野菜を焦がすのってどうも抵抗があるけれど、芽キャベツはしっかり焦がしたほうが美味しいです。
芽キャベツは日本だと出回る季節が限られているし、馴染みもなかったけれど、このエピソードでなんだか身近に感じるようになってしまった野菜です。
コメント
コメント一覧 (6)
ヤマザキマリ先生のエッセイにも似たようなの載っていたなあ!となりました。
そちらもほっとする味と書かれていて、どの地域でも体に優しいメニューなんだなあと思いました。
はるさん
ヤマザキ先生にもそんなエッセイが!
ユダヤ料理のなかではメジャーな料理のようなので、確かにほかの作品にも登場していそうですね。
はじめての料理なのにほっとする味で、なんだか不思議な気持ちになりました。
「マツォのレシピがわかったから」という台詞があるんです
もしかしてこれの事だったのかなあ…
漫画の中では結局その料理は出てこないのでいまだに
何だったのか謎です
KIKIさん
わー、それを聞いてサイファめちゃめちゃ読み直したくなりました…!
(スピンオフの「アレクサンドライト」も大好きでした)
後、流行らないのは民族料理なのと、カシュルートの厳格さがアレンジによる普及を阻害してるのではないかなと夢想してます
まーむさん
さすがまーむさん、お詳しい…!
確かにちょっと調べても、戒律がらみのルールが多くて何も知らない人間にはとっつきづらい印象がありますね。
ベーグルは形もキャッチ―だし、例外的存在なのかも…。